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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)13212号 判決

和歌山市黒田七五番地の二

原告

財団法人雑賀技術研究所

右代表者理事

中西豊

和歌山市神前一〇九番地の一一

原告

雑賀慶二

和歌山市黒田一二番地

原告

株式会社東洋精米機製作所

右代表者代表取締役

雑賀慶二

右三名訴訟代理人弁護士

安原正之

小林郁夫

腰塚和男

東京都千代田区外神田四丁目七番二号

被告

株式会社佐竹製作所

右代表者代表取締役

佐竹覚

右訴訟代理人弁護士

柏木薫

池田昭

松浦康治

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、別紙目録(一)及び(二)記載の石抜機(以下「本件石抜機」という。)を製造してはならない。

二  被告は、原告株式会社東洋精米機製作所(以下「原告東洋精米」という。)に対し、一七四九万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告ら三名が被告に対し、昭和四九年五月九日に原告ら三名と被告間で「被告は、石抜機の製造を一切止めて、今後は原告東洋精米より石抜機の特注品を仕入れる」旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立したとして、被告が製造販売している本件石抜機の製造の差止を求め、また、原告東洋精米が被告に対し、被告が本件合意に反して本件石抜機を製造販売したことによる損害賠償として、被告が昭和五四年一〇月一六日から同五七年一〇月一五日までの三年間において本件石抜機の販売により得た利益相当の一七四九万六〇〇〇円(本件石抜機の単価一四万五八〇〇円、年間販売台数二〇〇台(三年間で六〇〇台)、販売額合計八七四八万円、利益率二割)及び遅延損害金の支払を求めている事案である。

二  争点

原告ら三名と被告は、昭和四九年五月九日に本件合意をしたか(甲一の合意書写しの原本は、存在しかつ真正に成立したものか。)。

三  争点に関する当事者の主張

1  原告ら

(一) 本件合意成立の経緯

(1) 原告雑賀慶二は、昭和四九年当時、撰穀機における塵挨回収法に関する発明について仮保護の権利(出願公告番号特公昭四八-二六一四七。その後、特許番号第七六九三四八号をもって登録された。以下「本件仮保護の権利」といい、その特許権を「本件特許権」という。)を有していた。被告は、当時、全農及び全糧連を通じて大型精米工場に対し、精米機、石抜機、計量器、収納タンク等の一連の精米機器をセットとして納入していたが、仮に、原告雑賀慶二が本件特許権に基づき、大型精米工場に対して被告が納入した石抜機の使用停止を要求したとすれば、被告の全農及び全糧連に対する営業的な信用の失墜を招き、また、単に石抜機のみならず、精米機器のセットすべてを回収する必要が生じ、被告が精米機の市場から撤退する事態になる可能性もあった。

(2) 原告らと右の事態を憂慮した被告は、昭和四九年二月二一日、次の内容を相互に確認し、原告雑賀慶二は、その確認事項を甲二の念書にして被告の取締役上田克己に手渡した。

ア 被告は、被告が製造している大型精米工場用石抜機が本件仮保護の権利に、精米機モノミンパス(以下「モノミンパス」という。)が原告財団法人雑賀技術研究所(以下「原告雑賀技研」という。)が有する自動停止装置の特許権(特許番号第六九五四〇五号。以下「自動停止の特許権」という。)にそれぞれ抵触することを認める。

イ 被告は、右特許権侵害行為に対する償いも含めて、今後は、輸出用及び酒造用を除く業務用の精米機、石抜機、自動包装機を製造せず、原告東洋精米よりこれを購入する。

ウ 原告らは、被告が既に大型精米工場に納入している石抜機の同工場における使用を認める。

エ 原告らは、被告が原告東洋精米より前記イの製品の供給を受けられるようになるまで、被告が従来どおり前記イの製品を製造することを認める。

オ 原告ら及び被告は、相互に提起している訴訟、特許異議の申立等を一切取り下げる。

(3) 原告らと被告は、右(2)エ、オについてとりあえず契約書を作成することとし、協議を重ねて昭和四九年五月九日に同年三月六日付けで乙四の1、2の協定書及び覚書を締結した。また、原告らと被告は、右協定書及び覚書が前記(2)イの合意を実現するための暫定的処理のためのものである事実を改めて確認し、甲二の念書の内容のうち、乙四の1、2の協定書及び覚書に含まれない部分を文書化することとし、同日、甲一の合意書写しの原本に署名、押印した。

(二) 甲一の原本の存在及びその成立の真正について

(1) 甲一の合意書写しにおける上田克己の署名部分は、本人の筆跡であり、また、同人の名下の印影は、同人の印章により顕出されたものである。

この事実によれば、甲一の原本の存在及びその成立は事実上推定され、本件においては、右推定が覆される特段の事情は存しない。

(2) 被告は、甲一の合意書写しにおける上田名下の印影について印枠の欠落があるが、右印章について昭和四九年当時は印枠の欠落が存在していなかった旨主張している。しかし、印枠に欠落がなくとも、押捺時の力加減により印影に濃淡が生じ、更にコピーの濃淡により、印影に欠落が生じることは珍しくない。

また、被告は、上田の印章の印枠の欠落は、昭和五一年六月一八日以降に生じたもので、甲一は、それ以降に作成された上田の自署、押印のある書面を利用して偽造されたものである旨主張するが、原告らは、被告が本件合意の内容を実行しないため、被告に対し不信を抱き、少なくとも昭和五〇年頃からは被告と没交渉になっており、同五一年六月一八日以降に上田が自署、押印した書面で原告らが入手した書面は何通もないので、どのような書面を利用して偽造されたのか特定して主張すべきであるが、その特定はされていない。

(三) 上田が甲二の念書を受領したとすれば、右念書とその内容をほぼ同一にする甲一の原本も真正に成立したものと考えるべきである。甲二の念書は、原告らが被告宛てに出した書面であるが、被告の用箋を使用して原告雑賀慶二が作成したものであり、当該書面を受領した証拠として、念書の左上に日付が入った「上田」印が押されている。このような甲二の念書の体裁からすると、甲二は、昭和四九年二月二一日の上田との話合いの結果、上田からの要求に応じて、その場で被告の用箋を使用して作成されたものである。被告は、原告らとの協調体制を確立するまでには時間がかかることから、その間、原告らが被告の販売先に対し、石抜機及び精米機の使用について差止訴訟を提起しないとの原告らの確約が欲しかったので、原告らに対し、後日乙四の1、2の協定書及び覚書のような合意が締結されるまでの保証として、甲二の念書を要求したものである。

(四) 被告は、昭和四九年四月二四日付けの甲四四のテレックスにおいても、被告が集中精米工場に納入した石抜機について、本件仮保護の権利に抵触することを認め、実施料一・〇パーセントを支払う旨述べており、また、自動停止の特許権については、モノミンパスの過去に販売した分についても、モノミンパスが自動停止の特許権に触れることを前提として、実施料を不問にし、今後販売するものについて実施料一・〇パーセントを支払う旨述べているのである。

(五) 原告らと被告は、昭和四九年五月九日に、乙四の1、2の協定書及び覚書を締結し、被告は、同協定書の記2及び覚書第2において、東京高裁昭和四八年(行ケ)第三二号審決取消請求事件の取下げを約束したが、右事件は同年三月八日に既に取り下げられており、右取下げにより、他者に実施許諾をしていた被告の権利の無効審判が確定したものである。もし、仮に、原告らと被告間で何らの合意も存在していなかったのであれば、被告は、右協定書の締結に先行して訴えを取り下げるはずはない。被告は、同年二月二一日に甲二の念書の交付を受けていたからこそ、同念書の前文に従って、同年三月八日に訴えを取り下げたのである。

(六) 原告東洋精米は、甲二の念書前文の「但し、自動包装機は、場合により貴社計量機と組合せ可能にしたもの」との記載に基づいて、被告の計量器と原告東洋精米の自動包装機の組合せを検討するために、右念書を作成した昭和四九年二月二一日の数日後に被告の子会社である中部自動機株式会社(以下「中部自動機」という。)に原告東洋精米の自動計量包装機一台を送っている。

2  被告

(一) 被告の取締役上田克己が、昭和四九年五月九日、被告の代理人として甲一の合意書写しの原本に署名、押印したことはない。すなわち、甲一は、次に述べるとおり、上田によって真正に作成された他の文書から、上田の署名押印部分のみを写真複写技術等を悪用して盗写合成された偽造の文書写である。

(1) 甲一の合意書写しの上田名下の上田克己の印影部分は、印枠の左斜め上部が欠落しているが、この欠落は、昭和五一年六月一一日から同月一八日の間に生じたものであり、それ以前における上田の印章の印枠には右部分の欠落はなかった。したがって、甲一の合意書写しの原本が昭和四九年五月九日に作成されることはありえない。

(2) 被告は、精米機及び石抜機の専業メーカーとして個人経営の時代も含め、約九〇年余りの伝統を有しており、また、昭和四九年当時、業務用精米機及び石抜機を年間約二〇億円相当製造販売して、業界第一位の地位を確保していたのに対し、原告東洋精米は、当時僅か一〇年位の歴史があるのみで、売上高も被告の五分の一にも達していなかった。また、仮に被告の精米機や石抜機の一部の機種が原告雑賀技研の自動停止の特許権あるいは原告雑賀慶二の本件仮保護の権利に抵触する可能性があったとしても、これらの機種の全売上高に占める割合は、一・五パーセント程度にすぎず、特許権侵害を回避する手段もいくらでも存在していた。このような状況下に、被告が主力商品である精米機及び石抜機等の製造を中止して、被告東洋精米から特注品を仕入れて販売する旨合意することは、被告の企業生命を絶つにも等しいことであり、企業活動の常識からいってありえない。

(3) 甲一は、原告らの主張によれば、当事者双方の社命を決するような重要な文書であるにもかかわらず、原本の提出がないということは、極めて不自然である。

原告らは、署名捺印のなされた本来の原本は被告が所持しており、原告らはそのコピーを上田からもらったにすぎないと主張するが、もしこのような合意がなされたのであれば、内容的には原告らこそ原本を所持してしかるべきであり、仮に写しを渡されたとしても、コピーされたものに上田克己の捺印を要求することは極めて容易にできたはずである。

(4) 写しは、その作成過程で工作を加えるなどして作為的に内容を改竄することが容易であるから、写しに本人の署名及び押印が現れているからといって、原本の存在及び成立が事実上推定されることはない。

(二) 甲二の念書写しは、被告が製造する石抜機が原告雑賀慶二の本件仮保護の権利に抵触すること及び被告が製造するモノミンパスが原告雑賀技研の自動停止の特許権に抵触すること、被告は今後輸出及び酒造関係を除く業務用精米機、石抜機、自動包装機を製造しないこと、並びに、被告が今後原告東洋精米から右精米機、石抜機、自動包装機の特注品を購入することをその内容とするものであるから、本来、被告が署名押印した書面を原告らに差し入れるべきものであるところ、同念書は、原告らが署名押印している書面であり、何ら意味がない。また、被告は、昭和四九年二月二一日頃は、石抜機が本件仮保護の権利又は自動停止の特許権に抵触するかどうかについて、原告らと交渉を始めたところであり、この時期に、甲二の念書記載の内容の合意をするはずがない。

(三) 原告らと被告は、次に述べる経緯で、昭和四九年三月六日付けで乙四の1、2の協定書及び覚書を締結しており、右合意以外に本件合意及び甲二の念書記載の内容の合意は存在しない。

(1) 被告は、昭和四九年一月一七日、原告雑賀技研から自動停止の特許権に基づいて、被告が製造販売していたモノミンパスの製造販売の中止を求める警告状を受領した。

(2) 被告は、同年二月四日、被告の開発室社員の柏原健二を原告雑賀慶二の下へ派遣し面談させたところ、原告雑賀慶二から両者間の特許紛争を解決し、相互に特許の実施許諾をし、業務提携をする旨の提案をされた。当時の被告の専務取締役佐竹良春は、同月二一日、原告雑賀慶二と協議し、相互に特許異議の申立て等を取り下げ、特許の実施許諾をすること、また、自動計量包装機については、業務提携をすることについて協議し、その後、原告らの包装機と被告の関連会社である中部自動機製造の計量器の組合せが可能かどうかを技術的に試してみるために、中部自動機が原告らから自動計量包装機一台を預った。

(3) 被告は、原告らとのその後の交渉を被告の開発室長の上田に担当させ、同年三月五日、六日頃には、原告らとの合意の骨子がまとまり、乙四の1、2の協定書及び覚書の原案となる書面を原告らに交付した。なお、被告は、この頃、東京高等裁判所昭和四八年(行ケ)第三二号審決取消請求事件を取り下げているが、これは、原告らとの間で実質的な合意ができていたこと及び右事件における勝訴の見込等を考慮の上取り下げたものである。

もし甲二の念書による「年来の係争関係を一切取下げる」との合意があったのであれば、原被告らは、協定書等が締結されるまでに、それぞれ協定書等に記載されている他の事件も取り下げていてしかるべきであるにもかかわらず、現実には取り下げていない。

(4) 原告らと被告は、同年五月一一日に、最終的な合意の内容を乙四の1、2の協定書及び覚書として調印したが、これ以外に甲一の合意書写しに記載された内容の合意はしていない。

(5) 原告らと被告は、昭和五一年一一月に、乙四の1、2の協定書及び覚書の不履行に関する問題について協議し、原告らから被告に対し、本件特許権の実施料の請求がなされている。しかし、被告が業務用精米機、石抜機等の製造を中止せず、また、特注品の話合いも一切していなかったにかかわらず、原告らからは、本件合意に関して何らの請求もなかった。原告らと被告が本件合意をしていたとすれば、原告らから何らの請求もないはずがない。

また、原告雑賀慶二及び原告東洋精米は、昭和五三年一〇月三〇日、本件特許権及びその独占的通常実施権に基づき、被告製造の石抜機(ネオストーナーGA一〇P等)の製造等の禁止を求める訴えを提起したが、その請求の原因としては、本件特許権等の侵害のみであって本件合意については、一切触れていない。もし当時甲一の合意書写しが存在していたのであれば、本件合意に基づいて製造等の禁止を請求するほうが、煩雑な特許論争よりもはるかに容易であったはずであるから、右原告らは、当然甲一の合意書写しを利用したはずである。

第三  争点に対する判断

一  証拠(乙九の1ないし5、一一の1ないし3及び以下の括弧内の各証拠)によれば、次の事実が認められる。

1  原告雑賀技研は、昭和四九年一月一七日、被告に対し、被告が製造販売しているモノミンパスが原告雑賀技研が有する自動停止の特許権に抵触するとして、モノミンパスの製造販売の差止等を求める内容証明郵便を送付した。(甲五四)

2  被告は、右1の警告を受けて検討したところ、モノミンパスが原告雑賀技研が有する自動停止の特許権に抵触しない旨の結論を得たため、同月二九日、原告雑賀技研に対し、内容証明郵便でその旨の回答をした。(甲五五)

3  被告の社員柏原は、同年二月四日頃、社命により、原告雑賀技研を訪れ、その代表者の原告雑賀慶二と会い、被告の見解を説明し、原告側の見解を聞いたが、その際、自動停止の特許権の侵害の有無のほか、当時出願公告がなされ、被告が特許異議の申立てをしていた本件仮保護の権利が話題にのぼった。また、原告雑賀慶二からは、同人の開発力と被告の組織力、企画力の提携と、実施許諾による特許紛争の解決についても提案があった。

4  原告雑賀慶二は、同年二月二一日、被告の東京本社を訪れ、当時の被告の専務取締役佐竹良春、同開発室長上田克己、柏原と会談し、被告に対し、当時の被告の代表者佐竹利彦が有している撰穀機の細粒除去装置の特許権(特許番号第四〇〇五四〇号。以下「細粒除去の特許権」という。)について被告が原告雑賀技研に専用実施権を設定すること及び本件仮保護の権利について被告の特許異議の申立てを取り下げることを交換条件として、自動停止の特許権及び本件仮保護の権利に係る各特許発明について無償同然の低額の実施料で実施許諾をすること、並びに、この機会に紛争中のものを一切解決し、両者の友好的な関係を築いていくことの提案をした。

被告は、当時、原告らとの間で多数の紛争を抱えていたため、原告らの右提案について、原告らとの話合いですべての紛争を解決できるのであれば、低額の実施料を支払って争いごとを避ける方が得策であると考えた。また、原告らは、細粒除去の特許権について専用実施権の設定を受けて、石抜機についてのライバル企業である丸七製作所に対する攻撃材料とすること、及び、本件仮保護の権利を特許権として確定させることが得策であると考えていたため、両者で、右の内容を骨子とした協定書を締結すべく、前向きに話合いを継続することになった。

また、原告東洋精米の自動計量包装機のうち、包装機は構造が簡便で故障が少なかったが、計量器の精度が悪く、一方、被告が中部自動機に下請製造させていた自動計量包装機のうち、計量器は精度が高かったが、包装機が故障が多かったため、原告東洋精米の包装機と被告の計量器を組合わせて新しい自動計量包装機を共同開発するとの案も検討されることになった。

5  被告は、同年二月二六日、中部自動機の計量器が原告東洋精米の包装機に組合わせることができるかどうかを実際に試してみることを決定し、その旨を原告東洋精米に伝え、同社から中部自動機に対し、自動計量包装機が送付された。(甲四)

6  被告は、同年三月六日頃、前記4の話合を骨子とする内容で協定書及び覚書の原稿を作成し、その後、同年四月二四日頃、原告らと協定書及び覚書に参加すべき当事者、協定書前文の字句の修正、その他の条項の修正についても合意がほぼ整い、同年五月八日に、被告の開発室長上田克己を原告雑賀技研に派遣し、上田が持参した従前の合意を文書化した協定書、覚書の案に基づいて最終的な協議をした結果、被告と原告らとの間に、同月九日、「両者間における工業所有権をめぐる年来の係争問題を一掃的に解消し、精米機・石抜機・計量包装機等の精米関係機械装置の製造販売について、全面的な協調態勢を確立するための一環として、相互に下記の7事件を可及的速やかに取下げまたは撤回するとともに、下記の3工業所有権を相手方に有償提供することを盟約する」との前文の下に、次の事項を骨子とする乙四の1、2の協定書及び覚書記載の内容の細部まで合意がまとまり、数日後乙四の1、2の協定書、覚書が作成、交換された。(甲四四、五七、乙四の1、2、八)

(一) 被告は、本件仮保護の権利についての特許異議の申立てを取り下げ、原告雑賀慶二は、被告に対し、本件仮保護の権利に係る特許発明を実施許諾する。被告は、後日、本件特許権について、無効審判の申立てをしない。なお、撰穀機(石抜機)の上にアスピレーターを載せ、両者を一体として使用する風撰撰穀機は、本件仮保護の権利に係る特許発明の実施とは無関係なものとみなす。

(二) 原告雑賀技研は、被告に対し、自動停止の特許権について、実施許諾をする。被告は、後日、右特許権について、無効審判の申立てをしない。

(三) 被告の代表者である佐竹利彦は、原告雑賀技研に対し、細粒除去の特許権について専用実施権を設定する。ただし、右専用実施権は、被告が現在有している右特許権についての通常実施権の効力には影響を与えないこと、及び、右特許権を侵害する商品の使用者に対しては権利を行使しないことを条件として設定するものとする。

(四) 原告ら及び被告は、両者間に係属中の侵害訴訟及び無効審判請求事件、特許異議の申立事件(右(一)記載のものを含む)等七件をそれぞれ取り下げる。

二  原告らは、前記一6の合意のほかに、昭和四九年五月九日頃、原告らと被告間で本件合意が成立した旨主張し、その証拠として甲一、二を提出するが、次の理由により原告らの右主張を認めることはできない。

1  甲一の合意書写しの原本の存在及びその成立の真正について

(一) 甲一の合意書写しに表われた上田克己名の署名が同人の筆跡の写しであり、そこに表われた印影が同人の印章により顕出されたものの写しであることは、当事者間に争いがない。

甲一は機械による複写であり、同書面中の上田克己名下の上田克己の印影の写しは、印枠左斜上部(「上」の字の左方)が一部欠落している(甲一)。昭和四九年四月四日から同五一年六月一一日までの間の被告社内の仕訳伝票等に上田克己の同じ印章により顕出された印影では、いずれも前記の位置の印枠の欠落がないから、右の時期には右印章の前記の位置の印枠には欠落がなかったものである。他方、同五一年六月一八日以降の同仕訳伝票に上田克己の同じ印章により顕出された印影では、いずれも印枠の左斜上部(「上」の字の左方)が約二ミリにわたって欠落しており、その位置、長さが同じであることからすれば、右の欠落は印章の印枠の該当部分が欠落しているために生じたものと認められる。(乙一の1ないし12、二の1ないし7、三、一一の1)したがって、上田克己の右印章は、昭和五一年六月一一日から同月一八日までの間に、何らかの事故により印枠の左斜上部が約二ミリにわたって欠落したものと推認される。そして、甲一の上田克己の印影の写しの印枠左斜上部の欠落部分の位置や長さが、昭和五一年六月一八日以降の仕訳伝票に顕出された上田克己の印影の印枠の欠落部分と良く一致することからすれば、甲一の印影の写しの印枠の前記の欠落は、印肉のつき具合や押捺時に紙の置かれていた場所の状況によってたまたま生じたというよりは、印章の印枠の前記位置に欠落が生じてから後に同印章により顕出されたために生じたもの、すなわち、早くとも昭和五一年六月一一日以降に顕出された印影の写しであるとの強い疑いを否定できない。

(二) 甲一の合意書は、被告が輸出及び酒造関係を除く業務用精米機、石抜機、自動計量包装機の製造を中止し、今後、原告東洋精米からこれを購入するという内容を記載した書面であり、その記載内容は、原告ら及び被告の双方にとって大変重要な内容である。原告らの主張によれば、甲一の原本は、昭和四九年五月九日に一通のみ作成し、その一通は被告に交付したため、原告らはこれを有しないとのことであるが、同じ同年五月九日にまとまった合意を文書化した乙四の1、2の協定書及び覚書については、その数日後に、被告の代表者の記名押印があり、被告の社印が押捺された原本を五通作成して、原告ら及び被告が各一部ずつ保有しているものであるのに比べると、原告ら及び被告の双方にとって極めて重要な内容を包含する甲一の合意書について原本を複数部数作成しなかった理由、更には被告代表者の記名押印を求めなかった理由として納得のいく説明がない。

2  被告が甲一の合意書写しに記載された内容の合意をする合理的理由がないことについて

甲一には、合意書との表題の下に、「(株)佐竹製作所(以下佐竹と云う)は、特許侵害行為の償いも含め、輸出及び酒造関係を除く業務用精米機、石抜機、自動包装機を、以後一切自社での製造を止めて、(株)東洋精米機製作所(以下東洋と云う)より特註品を仕入れて販売すること。」との記載がある。しかし、証拠(乙九の1ないし5、一一の1ないし3)によれば、次の(一)ないし(四)の事実が認められる。

(一) 被告は、明治二九年創業以来、業務用精米機の製造を継続してきている会社であるところ、その昭和四九年当時の精米機の主力製品は、大型の集中精米工場で使用されるコンパス精米機であり、同精米機は、年間一一〇プラント(一プラント当たり三台ないし四台の精米機が組み合わされ、価格は、一プラント当たり約三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円)が販売されており、これに対し、モノミンパスは、小型で低価格の精米機(一台当たり約一〇〇万円前後)であり、年間七〇台ないし八〇台程度販売されているだけであった。また、自動停止装置を使っていたモノミンパスは、精米機全体の売上約二〇億円のなかで一・五%位を占めているにすぎず、それ以外のコンパス精米機やモノミンパス等は、自動停止装置を使用していなかった。

(二) 被告が昭和四九年頃製造販売していたコンパス精米機は、砥石による研削と粒々摩擦の二つの過程を経るため、砕米が少なく歩留りが高いという評価を得ていた精米機であるが、原告東洋精米が当時製造販売していた精米機は、摩擦式精米機で研削ロールを使用しない精米機であり、コンパス精米機に比べると性能的に劣ると考えられていた。

(三) 被告は、石抜機については、少なくとも上部にアスピレーターを付けたものは、本件仮保護の権利に抵触する可能性は全くないと考えていた。

(四) 甲一の合意書によれば、被告は、輸出用の精米機の製造はできるようになっているが、海外の需要者は、国内の精米工場に設置されている精米機を見学したうえで購入すべき精米機を決定することが多いので、国内向けの精米機の製造販売を中止して、海外向けの精米機のみを製造しても、海外からの受注が見込める可能性は少ない。

以上によれば、被告が、昭和四九年当時、自動停止の特許権に明らかに抵触していないと考えていたコンパス精米機や、本件仮保護の権利に抵触しないと考えていた上部にアスピレーターを付けた石抜機も含めたすべての精米機、石抜機、自動計量包装機の製造を中止し、輸出用及び酒造関係を除く業務用精米機、石抜機、自動計量包装機を原告東洋精米から購入して販売するということは、到底考えられないことであった。

3  甲二の念書写しについて

甲二の念書写しは、被告がその石抜機が本件特許権に抵触すること、モノミンパスが原告雑賀技研の自動停止の特許権に抵触することを認め、かつ、原告東洋精米から特注品の供給を受けられるようになれば、輸出及び酒造関係を除く業務用の精米機、石抜機、自動包装機の製造を中止することを承諾したことを前文に記載したうえで、原告らが被告に対し、本件特許権及び自動停止の特許権に係る特許発明の実施を低額の実施料で許諾すること、これまでの係争を一切取り下げること等を内容とする念書であるが、原告雑賀慶二が本人、原告雑賀技研の代表者及び原告東洋精米の代理人として署名し指印を押して被告に念書として交付しているものであって、被告の記名押印等は存在しないものである(ただし、上田の昭和四九年二月二一日付けの日付入りのゴム印が念書の欄外に押印されている。)。(甲二)

右甲二も写しであり、原本の存在が明らかではなく、また、念書の内容、すなわち、被告が精米機、石抜機、自動包装機等の製造を中止することを承諾したのであるとすれば、少なくとも被告が記名押印して、原告らに対し、念書を差し入れるのでなければ意味がないにもかかわらず、原告らが被告に対し、念書を差し入れる形式となっている。また、被告が当時、精米機、石抜機、自動包装機等の製造を原則として中止するということが到底考えられない状況であったことは、前記2のとおりである。

4  以上1ないし3の事実によれば、昭和四九年当時、甲一、二の原本について、署名、押印したことも、見たこともないとの別件における上田克己及び佐竹良春の供述(乙九の1ないし5、一一の1ないし3)は、いずれも信用することができ、甲一、二の原本が存在しそれが真正に成立した旨の甲四七ないし五三の原告雑賀慶二の供述はいまだ信用できない。

なお、甲一(合意書写し)の上田克己の署名が上田の筆跡の写しであり、上田名下の印影が上田の印章により顕出されたものの写しであることは、前記のとおりであるが、たとえ機械による複写の合意書の写しが存在するとしても、右1ないし3の事実に照せば、合意書の原本が存在することを推認することはできない。甲一の合意書の原本上に作成者の署名又は捺印があることの証明がない以上民事訴訟法三二六条により原本の真正な成立を推定したり、甲一の原本の成立の真正を事実上推定することはできない。

以上によれば、原告らと被告間で本件合意が成立したものと認めることはできない。

三  よって、原告らと被告との間で本件合意が成立したことを前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 設樂隆一 裁判官 櫻林正己)

物件目録(一)

名称 ネオ・ストーナー

型式 GA・一〇S

物件目録(二)

1 名称 ネオ・ストーナー

型式 GA・一〇SE

2 名称 ネオ・ストーナー

型式 GA・一〇〇BE、GA五〇BE

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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